最近、萩尾望都作品についてあれこれ論じられている掲示板を読んで はあはあ、なるほど、そういう読み方もあるな〜とかいろいろ感心していたのですが そこでひとつ、あ!と気がついたことがあります。
飛虎ファンなら誰しも考えたことであるであろう疑問 「飛虎はなぜ、出入り自由の紅水陣からあえて出なかったの?」 についてなのですが、「あ、トーマの心臓のテーマと一緒だ!」と。
『トーマの心臓』は少女マンガ界に燦然と輝く不朽の名作でありながら 若い世代で読んでいる人は実はかなり少ないというアレですので 以下にざっくり内容を説明しますが 物語はとあるドイツのギムナジウムが舞台。 トーマという少年がある雪の朝、手紙を投函した後 鉄橋から投身自殺をするところから物語が始まります。 場面転換して、翌日の朝。 長期休暇が終わって学校に戻ってきた生徒たちは 「トーマが鉄橋から誤って落ちて事故死した」というニュースに沸きたっています。 そこに登校してきた主人公、ユリスモール(以下、ユーリ)は ニュースを聞いて少々ショックを覚えつつ、寮の自室に荷物を置きに行き そこでトーマからの手紙を受け取ります。 トーマが死の間際に投函した手紙。 それは紛れもない遺書でした―――
そんなショッキングな幕開で物語は始まります。 トーマは「フロイライン(お嬢さん)」とあだ名がついていたほど可憐な美少年で 女子のいない男子校の中で先輩方のお気に入りという立場。 以前、上級生のユーリを「落とせるか否か」で友達と賭けをしていたが それがユーリにばれてしまい、皆の前でこっぴどくフラレた過去がある。 ユーリは学校一の優等生。 成績もトップで素行も正しく、しっかり者で面倒見のいい級長。 教師からの信頼も厚く、本来は教師がやるはずの寮生の監督も任されているという 品行方正の権化みたいな少年。
遺書にはこう書かれています。
「ユリスモール 最後に これが僕の愛 これが僕の心臓の音 君にはわかっているはず」
ただこれだけ。
ユーリは、トーマが自己陶酔した揚句、当てつけ自殺で僕を呪縛する気だと激怒して 彼の墓の前で遺書を破り捨て、決別します………したはずでした。 しかし、そこにユーリと瓜二つの顔をしたエーリクという少年が偶然転校してきたことで ユーリは動揺することになります。 たまたま顔立ちが似ていてもトーマとエーリクは全くの他人。(目の色や髪の色は違う) エーリクはおとなしかったトーマとは全く正反対の性格。 顔が似ているせいで会ったこともない他人のことで 他の生徒から噂されたり重ねられたりすることに腹を立て エーリクは特にユーリと激しくぶつかることになりますが 次第に、品行方正に見えるユーリの裏にある冷たい闇に気が付きます。 関係ないと言いながら、なぜユーリはトーマの面影に動揺するのか? そもそもトーマはなぜ死ぬ必要があったのか? 遺書の言葉はいったい何を意味しているのか?
思春期の彼らのぶつかり合いの中で 全く理解不能に思えた「トーマの愛」の意味がついにユーリに届いた時 初めてユーリは愛の意味を理解し、涙を流す…
興味を持たれた方はぜひとも読んでいただきたいと思います。 文庫で手に入ります。面白いことにかけては折り紙つき。 全く謎の言葉にしか思えなかったトーマの遺書の意味がわかった瞬間の 雷に打たれたようなショックは今も忘れられません。 切なく美しい物語です。
―と、まあ、そんな前提で。 ユーリと聞仲は割と似ているな、と。 堅苦しいほど生真面目で誰もが認めるほど有能で 皆から敬愛されているのに、彼自身は決して心を開かず、頑なでいる。 「トーマの心臓」に飛虎と似てるキャラがいるかというと これはいません(笑)残念ながら。 その代り、飛虎が果たした役割を複数のキャラクターが担っています。 自らの命より、ユーリの魂が救われることを願ったトーマ。 何もかも知っていながら、黙って見守り愛し続けたオスカー。 何も知らないけれど、わかりたいと願い全力でぶつかっていったエーリク。
それぞれの愛、それぞれの本気。 その全てが揃った時、命すら投げ出した「トーマの本気」が 頑なに閉ざされていた心をついに解放し、すべてが許される。 もし、命すら投げ出せる「本気」を示せなければ どれほど愛を語ったところで ユーリの心にそれが届くことはなかったのだと思います。
そしてそれはまさに、なぜ飛虎が、 紅水陣から出て安全なところで話し合うことも出来たはずの飛虎が、 あえて紅水陣の中で説得を試みたのかということと、全く同じ理由ではないでしょうか? 紅水陣での選択がいまだに疑問だと思う方は、トーマを読んでみてほしい。 ちょっと他の人の意見を聞いてみたいです。
蛇足ですが余談。 最初のこのタイトルを見た時、ホラー漫画だと思って避けてしまいました(笑) だって、タイトルに臓器の名前が出てくるって珍しいよね… しばらく避けていたんですが、漫画家さんのインタビューを集めた本の中で 個性派少女漫画家の人たちが、かつて夢中になった漫画という質問にこぞって「トーマの心臓」をあげていたので、そこでようやく気になって手にしました。 あとで萩尾先生のインタビューでもおっしゃってましたが 当時からよくホラーと誤解されたらしいです(笑)ですよねー☆
そして、読み始めたら自殺から始まって、怖い文面の遺書。 あの遺書は、あまりのインパクトに1度で全文暗記しちゃいましたよ。 呪いの手紙かと思った(笑) 「心臓の音」っていうのも怖いけど、さっぱりわからないことを言われて 最後に「君にはわかっているはず」って締めるのが怖いよね。 わかんないよ!! うん、本当に怖い。
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